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戦い方の研究から生まれた「ランチェスター法則」

2019年11月25日

連載中『小さな会社の「必勝の経営術」』のもとになる「ランチェスター法則」は、英国人のフレデリック・W・ランチェスター(1868~1946年)が発表した戦闘における"戦いの法則"です。後に経営戦略に応用され、「強者の戦略」「弱者の戦略」へと発展しました。

発表時は注目されなかった「ランチェスター法則」
28歳で起業したランチェスターは、英国初となるモーターボートを発明し、その後、自動車エンジンの開発に取り組み、完全内製の自動車を完成させます。しかし、40歳のとき、資金繰りの悪化を理由に会社をダイムラー社に売却し、自身は同社の技術コンサルタントに就任しました。
1914年に第一次世界大戦が勃発すると、その行く末に興味を持ったランチェスターは、「戦闘における真の力関係」を研究し、技術雑誌に「集中の法則」「集中の法則の応用」という論文を発表します。このなかで、「兵士の数が同じ」であると、使用する兵器と戦い方の違いによって、結果が大きく変わることを数式で示し、第1法則と第2法則として紹介しました。ところが、当時はあまり注目されず、英国でランチェスターといえば、自動車のほうが有名でした。

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●第1法則(接近戦・一騎討ち戦)
攻撃力=兵力数(量)武器性能(質)
剣や槍など戦闘範囲が狭い兵器を使い、敵に接近し、一対一で戦ったときに成立する。

●第2法則(離れて戦う間隔戦・確率戦)
攻撃力=兵力数の2乗武器性能(質)
ライフル銃や機関銃、戦闘機などの射程距離が長い兵器を使い、敵と離れて戦ったときに成立する。

戦後、経営に応用されて日本中に広まる
第二次世界大戦が始まる前、アメリカは、あらゆる分野の専門家を集め、効果的に日本やドイツに勝つ方法を研究しました。メンバーの一人バーナード・コープマンは、ランチェスター法則を使った戦略モデル式を考え出し、それらの研究成果は、大戦後の1951年に「オペレーション・リサーチ(実践的問題解決法)」として出版されました。1955年に翻訳本が日本で出版されると、この法則を経営に応用する研究が広がり、「強者の戦略」「弱者の戦略」というインパクトのある表現で広く知られるようになり、経営戦略として現在も活用されているのです。